1第九項 イエズスピラトの前に出廷し給ふ 2縛りて之を召連れ、総督ポンショ、ピラトに付せり。 3時にイエズスを付ししユダ、其宣告せられ給ひしを見て後悔し、三十枚の銀貨を司祭長長老等に齎して之を返し、 4我無罪の血を売りて罪を犯せり、と云ひしかば彼等云ひけるは、我等に於て何かあらん、汝自見るべし、と。 5ユダ銀貨を[神]殿の内に投棄てて去りしが、往きて縄を以て自縊れたり。 6司祭長等、其銀貨を取りて云ひけるは、是血の値なれば賽銭箱に入るべからず、と。 7即ち協議して、是にて陶匠の畑を買ひ、旅人の墓地に充てたり。 8故に此畑、今日までもハケルダマ、即ち血の畑と呼ばれたり。 9是に於て預言者エレミアによりて云はれし事成就せり、曰く「彼等はイスラエルの子等に評價られしものの値なる銀貨三十枚を取り、 10陶匠の畑の為に與へたり、主の我に示し給へる如し」と。 11然てイエズス、総督の前に出廷し給ひしに、総督問ひて云ひけるは、汝はユデア人の王なるか。イエズス曰ひけるは、汝の云へるが如し、と。 12斯て司祭長、長老等より訴へられ給へども、何事をも答へ給はざりければ、 13ピラト是に云ひけるは、彼等が汝に對して如何に大なる證言を為すかを聞かざるか、と。 14イエズス一言も是に答へ給はざりしかば、総督感嘆する事甚しかりき。 15茲に、祭日に當りて総督が人民の欲する所の囚人一個を釈すの例ありしが、 16折しもバラバと云へる名高き囚人あるにより、 17ピラト彼等の集りたるに、汝等は我誰を釈さん事を欲するか、バラバかキリストと云へるイエズスか、と云へり。 18其は人が妬によりてイエズスを付ししを知ればなり。 19然て総督法廷に坐しけるに、其妻人を遣はして云ひけるは、汝此義人に係はること勿れ、蓋我今日夢の中に、彼の為に多く苦しめり、と。 20司祭長、長老等人民に向ひ、バラバを乞ひてイエズスを亡ぼさん事を勧めしが、 21総督答へて、汝等は二人の中何れを釈されん事を望むか、と云ひしに彼等、バラバを、と云ひしかば、 22ピラト云ひけるは、然らばキリストと云へるイエズスを我如何に處分せんか。 23皆曰く、十字架に釘けよ、と。総督、彼何の惡を為ししか、と云ひたれど彼等益叫びて、十字架に釘けよ、と云ひ居たり。 24ピラト其何の効もなく却て騒動の彌増すを見て、水を取り、人民の前に手を洗ひて云ひけるは、此義人の血に就きて我は罪なし、汝等自ら見るべし、と。 25人民皆答へて、其血は我等と我等の子等との上に[被れかし]、と云ひしかば、 26総督バラバを彼等に釈し、イエズスをば鞭たせて十字架に釘けん為彼等に付せり。 27然て総督の兵卒等、イエズスを役所に引取り、全隊を其許に呼集め、 28其衣服を褫ぎて赤き袍を着せ、 29茨の冠を編みて其頭に冠らせ、右の手に葦を持たせ、其前に跪きて、ユデア人の王よ安かれ、と云ひて嘲り、 30又是に唾吐きかけ、葦を取りて其頭を打ち居れり。 ¶ 31第十項 十字架上の犠牲 32街を出る時、シモンと名くるシレネ人に遇ひしかば、強て是に其十字架を擔はせたり。 33斯てゴルゴタ即ち髑髏と云へる處に至り、 34胆を和ぜたる葡萄酒をイエズスに飲ませんとせしに、之を嘗め給ひて、飲む事を肯じ給はざりき。 35彼等イエズスを十字架に釘けて後、籤を抽きて其衣服を分ちしが、是預言者に託りて云はれし事の成就せん為なり。曰く「彼等互に我衣服を分ち、我下着を抽鬮にせり」と。 36彼等復坐してイエズスを守り居りしが、 37其頭の上に、是ユデア人の王イエズスなり、と書きたる罪標を置けり。 38然て是と共に二人の強盗、一人は其右に、一人は其左に十字架に釘けられしが、 39往來の人イエズスを罵り、首を振りて、 40噫汝神殿を毀ちて三日の中に之を建直す者よ、自を救へ、若神の子ならば十字架より下りよ、と云ひ居たり。 41司祭長等も亦、律法學士、長老等と共に同じく嘲りて云ひけるは、 42彼は他人を救ひしに自を救ふ能はず、若イスラエルの王ならば、今十字架より下るべし、然らば我等彼を信ぜん。 43彼は神を頼めり、神若彼を好せば今救ひ給ふべし、其は「我は神の子なり」と云ひたればなり、と。 44イエズスと共に十字架に釘けられたる強盗等も、同じ様に罵り居たり。 45斯て十二時より三時まで、地上徧く黒暗となりしが、 46三時頃、イエズス聲高く呼はりて曰ひけるは、エリ、エリ、ラマ、サバクタニ、と。是即、我神よ、我神よ、何ぞ我を棄て給ひしや、の義なり。 47其處に立てる者の中、或人々之を聞きて、彼エリアを呼ぶよ、と云ひ居りしが、 48軈て其中の一人走行き、海綿を取りて酢を含ませ、葦に附けて彼に飲ませんとせるに、 49他の人、措け、エリア來りて彼を救ふや否やを見ん、と云ひ居たり。 50イエズス復聲高く呼はりて息絶え給へり。 51折しも[神]殿の幕、上より下まで二に裂け、地震ひ、盤破れ、 52墓開け、眠りたる聖人の屍多く起上りしが、イエズスの復活の後、 53墓を出でて聖なる都に至り、多くの人に現れたり。 54百夫長及是と共にイエズスを守れる人々、地震と起れる事とを見て甚怖れ、彼は實に神の子なりき、と云へり。 55然て此處に、ガリレアよりイエズスに從ひて事へつつありし多くの婦人、立離れて居りしが、 56マグダレナ、マリアと、ヤコボ、ヨセフの母なるマリアと、ゼベデオの子等の母と其中に在りき。 57日暮に及びて、アリマテアの富者ヨゼフと云へる者來り、己もイエズスの弟子なりければ、 58ピラトに至りてイエズスの屍を乞ひたるに、ピラト之を付す事を命ぜしかば、 59ヨゼフ屍を取りて浄き布に包み、 60磐に鑿りたる新しき墳に納め、其の墳の入口に大なる石を転ばして去れり。 61マグダレナ、マリアと他のマリアとは其處に在りて、墳に向ひて坐し居たり。 62翌日、即ち用意日の次の日、司祭長ファリザイ人等、ピラトの許に集ひ至りて 63云ひけるは、君よ、我等思出したり、彼僞者尚存命せし時、我三日の後復活せんと云ひしなり。 64然れば命じて三日目まで墳を守らせよ、恐らくは其の弟子等來りて之を盗み、死より復活せりと人民に云はん、然らば後の惑は前よりも甚しかるべし、と。 65ピラト彼等に向ひ、汝等に番兵あり、往きて思ふ儘に守れと云ひければ、 66彼等往きて石に封印し、番兵に墳を守らせたり。 ¶