1第二款 イエズスガリレアにて信仰の激變を起させ給ふ 2病める人々に為し給へる奇蹟を見て、群衆夥しく從ひければ、 3山に引退きて、弟子等と共に其處に坐し居給へり。 4時はユデア人の過越の祭日近き頃なりき。 5イエズス目を翹げて、無數の群衆の我許に來るを見給ひしかば、フィリッポに曰ひけるは、此人々の食すべき麪を我等何處より買ふべきか、と。 6斯く曰へるは、彼を試み給はん為なりき、蓋自らは其為さんとする所を知り給へるなり。 7フィリッポ答へけるは、二百デナリオの麪は、各些少づつを受くるも、此人々には足らざるなり、と。 8弟子の一人なる、シモン、ペトロの兄弟アンデレア、イエズスに向ひて、 9茲に一人の童子あり、大麦の麪五と魚二とを有てり、然れど斯く夥しき人の中に、其が何になるぞ、と云ひしかば、 10イエズス、人々を坐せしめよ、と曰ひ、此處に草多かりければ、男子等坐したるに、其數五千人許なりき。 11イエズス軈て麪を取り、謝し給ひて後、坐せる人々に分ち、魚をも彼等の欲するに任せて分ち給へり。 12人々満腹せし時、イエズス弟子等に向ひ、殘れる屑を遺らざる様に拾へ、と曰ひしかば、 13食せし人々の餘したる五の大麦の麪の屑を拾ひて、十二の筐に満たせり。 14斯て人々、イエズスの為し給ひたる奇蹟を見て、實に是ぞ此世に來るべき預言者なる、と云ひしが、 15イエズス彼等の将に己を執へて王と為さんとするを暁り給ひしかば、復獨り山に逃れ給へり。 16日没に及び、弟子等湖に下りて、 17船に乗り、カファルナウムに向ひて湖を渡るに、既に暗けれどもイエズス未だ彼等の處に來り給はず、 18湖は大風吹きて荒れ居たり。 19斯て約四五十町も漕出したる時、人々イエズスの水の上を歩みて船に近づき給ふを見て怖れしが、 20イエズス我なるぞ、怖るること勿れ、と曰ひしかば、 21彼等之を船に乗せんとしたるに、船は忽ち之く所の地に着けり。 22明日に至りて、湖の此方に立てる群衆、船は一艘の外あらざりしに、イエズス弟子等と共に其船に入り給はずして、弟子等のみ往きし事を認めたり。 23折しも別の船等チベリアデより來り、主の謝し給ひて己等が麪を食せし處に近く着きしかば、 24人々イエズスと弟子等との其處に在らざるを見て其船に乗り、イエズスを尋ねてカファルナウムに至れり。 25斯て彼等湖を渡り、イエズスを見付けて、ラビ何時此處に來り給ひしぞ、と云ひしかば、 26イエズス彼等に答へて曰ひけるは、誠に實に汝等に告ぐ、汝等が我を尋ぬるは、奇蹟を見し故に非ず、麪を食して飽足りし故なり。 27働く事は朽つる糧の為にせずして、永遠の生命に至るまで存する糧、即ち人の子が汝等に與へんとする糧の為にせよ、其は父なる神彼を證印し給ひたればなり、と。 28是に於て人々イエズスに向ひ、神の業を働かん為には、我等何を為すべきぞ、と云ひしに、 29イエズス答へて曰ひけるは、汝等其遣はし給ひし者を信ずるは、是神の業なり、と。 30是に於て彼等又言ひけるは、然らば我等をして見て汝を信ぜしめん為に、如何なる徴を為し何を行ひ給ふぞ。 31我等が先祖は荒野にてマンナを食せり、録して「彼等に天よりの麪を與へて食せしめ給へり」とあるが如し、と。 32其時イエズス彼等に曰ひけるは、誠に實に汝等に告ぐ、モイゼは天よりの麪を汝等に與へず、我父こそ天よりの眞の麪を汝等に賜ふなれ。 33蓋神の麪とは、天より降りて世に生命を與ふるもの是なり、と。 34斯て人々、主よ、此麪を恒に我等に與へよ、と云ひしかば、 35イエズス曰ひけるは、我は生命の麪なり、我に來る人は飢ゑず、我を信ずる人は、何時も渇かざるべし。 36然れども我が既に汝等に告げし如く、汝等は我を見たれども、猶信ぜざるなり。 37総て父の我に賜ふ者は我に來らん、我に來る人は我之を逐出さじ、 38是我が天より降りしは、我意を成さん為に非ずして、我を遣はし給ひし者の思召を成さん為なればなり。 39然て我を遣はし給ひし父の思召は、総て我に賜ひし者を我毫も失はずして、終の日に之を復活せしむべき事是なり。 40又我を遣はし給ひし我父の思召は、総て子を見て之を信仰する人は永遠の生命を得ん事是なり。斯て我終の日に之を復活せしむべし、と。 41是に於てイエズスが、我は天より降りたる麪なり、と曰ひし為に、ユデア人等彼に就きて呟きつつ、 42是ヨゼフの子イエズスにして、其父母は我等が知れる者ならずや。然るを如何ぞ、我は天より降れりと云ふや、と云ひければ、 43イエズス答へて曰ひけるは、汝等呟き合ふこと勿れ、 44我を遣はし給ひし父の引き給ふに非ずば、何人も我に來る事を得ず、[來る人は]我終の日に之を復活せしめん。 45預言者等[の書]に録して、「皆神に教へらるる者とならん」とあり。父に聴きて學べる人は皆我に來る、 46父を人の見奉りしには非ず、惟神より成る者のみ父を見奉りたるなり。 47誠に實に汝等に告ぐ、我を信ずる人は永遠の生命を有す。 48我は生命の麪なり。 49汝等の先祖は、荒野にマンナを食して死せしが、 50是は天より降る麪にして、人之を食せば死せざらん為なり。 51我は天より降りたる活ける麪なり。人若此わが麪を食せば永遠に活くべし。 52而して我が與へんとする麪は、此世を活かさん為の我肉なり、と。 53是に於てユデア人等相争ひ、此人争でか己が肉を我等に與へて食せしむるを得んや、と云ひしかば、 54イエズス曰ひけるは、誠に實に汝等に告ぐ、汝等人の子の肉を食せず其血を飲まずば、汝等の衷に生命を有せざるべし。 55我肉を食し我血を飲む人は永遠の生命を有す、而して我終の日に之を復活せしむべし。 56蓋我肉は實に食物なり。我血は實に飲物なり。 57我肉を食し我血を飲む人は我に止り、我も亦之に止る。 58活ける父我を遣はし給ひて、我父に由りて活くる如く、我を食する人も亦我に由りて活きん。 59是ぞ天より降りし麪なる、汝等の先祖がマンナを食して然も死せしが如くならず、此麪を食する人は永遠に活くべし、と。 60イエズスカファルナウムなる會堂の内にて教へつつ斯く曰ひしに、 61弟子等の中には、之を聞きて、此談は難し、誰か之を聴くことを得ん、と謂ふ者多かりしが、 62イエズス彼等が之に就きて呟けるを自ら知りて曰ひけるは、此事汝等を躓かしむるか、 63然れば汝等若人の子が原居りし處に昇るを見ば如何、 64活かすものは霊にして、肉は益する所なし、我が汝等に語りし言は霊なり生命なり。 65然れども汝等の中には信ぜざる者あり、と。是イエズス素より、信ぜざる人々の誰なるか、己を売るべき人の誰なるかを知り居給へばなり。 66斯て曰ひけるは、然ればこそ我曾て、人は我父より賜はりたるに非ずば我に來ることを得ず、と汝等に告げたるなれ、と。 67此後は、弟子等多く退きて、最早イエズスと共に歩まざりしかば、 68イエズス十二人に向ひ、汝等も去らんと欲するか、と曰ひしに、 69シモン、ペトロ答へけるは、主よ、我等誰にか之かん、汝こそ永遠の生命の言を有し給ふなれ。 70我等は汝が神の御子キリストなる事を信じ且暁れり、と。 71イエズス彼等に答へ給ひけるは、我汝等十二人を選みしに非ずや、然るに汝等の一人は惡魔なり、と。 是はシモンの子イスカリオテのユダを曰へるものにて、彼は十二人の一人ながら、イエズスを売るべき者なればなり。 ¶